私は、学院を2007年8月に卒院後、準備の期間を経て、週2日は介護デイサービスにて介護士として働き、残りの5日間を自宅にて整体院を開業し、現在に至っています。
学院を卒院した現在も、先生にはメール等で、ご指導をいただいています。そして、時には、厳しいご指導をいただきます。
この歳になっての厳しい指導は、普通は受け取りづらいものですが、岡田先生のそれは、私の心にすっと入ってきて、内なるところで、納得し、反省心が起こり、学びへと導かれます。
やはり、そこには、自分の理を通すための意見ではなく、生徒である私を一人前の整体師として育てようという、自分中心の価値観でなく、相手中心の価値観で考えておられるからでしょう。
前職の教師として、私はこのことが一番足りなかったことだと、今となっては思います。生徒のために思いつつも、やはり自分が円の一番真ん中にいると思って、行動していました。
だから、私にとって岡田先生は、整体の師匠にとどまらず、人生の師匠として存在してくださっています。
岡田先生の、授業の中で「整体は一つのツール(道具)にすぎない。」と、よく言われました。つまり、健康塾で学んだ整体師は、ただ、整体が上手になるだけにとどまらないで、その整体の職(ツール)を通して、心底人のために行動し、自らを磨いていきなさいと教えられたように思います。
そして、私も、今まではあまりできませんでしたが、自らに厳しくなり、クライアント(だけでなく、周りの人たちもです)の幸せを心底願って、行動できる整体師になるという目標を持って、日々精進していこうと思います。
岡田先生、本当にありがとうございました。そして、これからもずっとよろしくお願いいたします。
整体とO脚矯正の「森愈庵」は大阪府 八尾市 山城町にある地域一番店を目指す整体院です。
技術は足し算、心はかけ算
なぜ、「健康塾」?
私が整体師になるまで(「健康塾・真愈整体学院」HPより)
数々の質問形式の講義の中で、前述したようにありとあらゆる分野の質問をし、私の力量に応じた分かりやすいご指導をいただきました。その中でも、私自身の授業において、先生が一番、強調されていたと思うことは、「技術は足し算、心はかけ算」ということではなかったかと思います。
まずは、「施術者の心」。
人を癒す施術院は「いいエネルギー場」でないといけない。そのためには、「感謝・愛する気持ち」を持ち、「祈り心」でもって施術に臨まなければならない。
施術者は「直感を研ぎ澄ませ」、クライアントの癒しへのツボに手が届くようにならないといけない。「自分の押すところがツボなんだ」というぐらいの自信を持ちなさい。しかし、自信を持つためには、知識を深め、臨床のデータを多く持ち、「自らが確信して施術に臨む」ことが必要であると教えられました。
次に、「クライアントの心」。
まずは、クライアントが施術者を信頼するか否かが癒しへの大きなポイントとなる。よって、信頼されるような言動を施術者には求められる。
また、体と心は繋がっている。クライアントの体の疾患は、クライアントも自覚していない心からのメッセージの場合もある。施術者は、会話の中で、それに気付き、クライアントが未だ自覚していない心にも目を向けさせ、治癒へと導く力量をもつけるべきである。
それと、クライアントの意識・無意識に関わり無く、ネガティブな情報を入れるべきではない。反対に、ポジティブな情報を入れるとともに、ポジティブな情報が入るようなクライアント自身の生活パターンを施術者は指導しなければならない。
これらの「整体における心の占める重要性」を数々の臨床例とともに、具体的な形で教えられ、自らも体だけでなく、心も見れる整体師を目指しています。
初めにオリエンテーション的な授業を受け、その後は、普通生徒2名と先生とで1コマ2時間の授業が、スタートしました。
前半が、質問を中心とした講義、後半が実技指導となります。時間は、そのときの内容によって割り振られます。
講義は、生理・解剖学、病理学、衛生学等については、与えられたテキストや書籍を読んで独学を求められます。そして、生の臨床の現場での必要な知識、手技について、生徒からの自由な質問に答えるという形で進められます。
私も長年、中学校教員をやってきたので、教科書を用いないで、生徒に主導権を与え、自由な質問を受ける、出たとこ勝負の授業の難しさは、よく知っています。
しかし、岡田先生は、機能解剖・各疾患への対応・心へのアプローチの仕方・臨床のあり方・各体操・営業への指導…どんな質問に対しても、よどむことなく、あの巧みな話術によって、教えてくださいます。まさしく、湧き出る泉のようにです。
それだけの豊富な知識を得るには、ご本人は一切おっしゃいませんが、相当の努力をされてきたことを感じます。そのことでだけでも、授業の際は自然にぴんと背筋が伸びます。
私のことをまず…
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いつのまにか…
湧き出る泉のような授業
数ある諸学校のうち、どうして「健康塾」だったのか?
理由の一つは、前述のように、「人と関わる仕事」・「人に楽になってもらい、喜んでもらえる仕事」・「体だけでなく、心も楽になってもらえる仕事」という条件をクリアーする学校は、いくつかありました。
その中で最も私の心を捉えたのは「健康塾」でした。
資格という面から言えば、「鍼灸・柔復」等の専門学校に行けば、国家資格が取得できます。
しかし、クライアントとじっくりと会話し、そして、時間をかけて施術し、その共同作業の中で、治癒へと向かう。その足跡を振り返ると、体の健やかさだけでなく、心の成長も共に実感できる。そのような空間を、匂いを、ドリームを「健康塾の真愈整体」のHPを見たときに強く感じました。
「こういうことは、慎重に選ばなければ。」との理性にしたがって、それ以外の学校もいろいろ調べる一方で、「健康塾」への渇望は強くなるばかりで、心の奥底から急かされるように岡田先生に面接の依頼のメールを出しました。
返事のメールがすぐに返ってこないことなど、よくあることなのですが、その数日間がとても長く感じ、3日後ぐらいに、思わず「1日でも早く、お会いして、学校の内容について教えていただきたい。」との催促のメールを出しました。普段は、どちらかと言うと気の長いほうなのですが、そのときはいても経ってもいられない気持ちでした。
そして、初めて岡田先生とお会いしたときの感想を日記に記していたので、そのまま載せます。
2006.11.15付 日記より
「今日は、初めて岡田俊一先生とお会いした。今までメールだけでの接触だったが
実際にお会いして、その若々しさ、気遣いの細やかさ、話の明確さ、私の目指し
ているホリスティック的癒しの方向、ネットワークを重要視する姿勢…まだまだ
あるが、私の求めていた師匠と出会えたように思う。約75分の面接だったが、
あまりの喜びから涙が出そうになってこらえた。先生は、その場のエネルギーの
和を大切にされるゆえに、生徒は選ばれるとのこと。私は選ばれた。というよりも、
天によって引き合わされた。その天の力、導きを信じて、疑わずに行こう。それ
が一番、大切なことだと思う。」
私は現在、47歳。東大阪市の公立中学の国語科教諭として教壇に立ち、私なりに精一杯、仕事に打ち込み、やりがいを感じていました。
ところが、教師になって8年目ぐらいより、仕事のある日の朝だけ、起きると、嘔吐を繰り返すようになりました。そうしているうちに、寝間から起き上がれない日があり、その日が続いたときには、やむを得ず仕事を一定の期間休むことを余儀なくされました。診断書の病名は「抑うつ状態」とありました。休みの期間は、病気克服のために、心療内科でかなりのカウンセリングを受け、心理学や精神修養の書物をかなり読みました。
そして、復帰し、なんとかこなしていたのですが、再び、発病。そこで、心療内科に加えて、体を鍛えることで解決しようとし、「気功・ヨガ」の道場に通いました。その中で、体を鍛え整えることで心も元気になり、心をリラックスさせることで体も健康になるという、心と体の相関関係、いわゆる「心身一如」という捉え方に出会い、非常に興味を強くし、「気功・ヨガ」により心・体の安寧を目指しましたが、結局、時折押し寄せる抑うつ状態は克服できず、2006年8月に23年間勤めてきた中学校教諭の職を辞しました。
大好きだった教職を離れ、失意の中、第2の人生設計を立てるべく、やはり、自分は人間関係の中で学び、成長しようとする星の下に生まれたんだと結論付けました。
最初は、介護の仕事を考えましたが、どうしても頭から離れない事柄がありました。
それは、約15年間、自分にとって大きな敵(今から考えると、人生の貴重な勉強材料と言えるのですが…)であった「うつ」を克服するために培ってきた知識や経験を用いて自分と同じ苦しみの中にいる人々のお役に立ちたい、もっと本音をむき出しにして言うなら、「自分を苦しめた『うつ』に敵討ちを果たしたい」という思いが強くなり、それを東洋医学(代替医療)でもってできないだろうかと、書物やネットを通して、情報を集めました。
鍼灸・整復の国家資格の取れる専門学校から、カイロ・推拿・リンパマッサージ・整体・リフレクソロジー・ボディワーク…の各種学校・セミナー等等。インターネットを用いて、隈なくありとあらゆる学びの場を調べました。そんな中で、規模的に言えば決してメジャーとは言えませんが、私の心から離れず、気になってしょうがない学校が真愈整体を教える「健康塾」でした。
そうです、健康塾に出会えました。「出会う」という言葉には、なにか偶然にというような響きがあるのですが、誰かの受け売りではありませんが、私は必然的に「健康塾」、つまりは「岡田俊一先生」と出会わせて頂いたと考えております。
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整体をひとつのツールとして
2007年の岡田先生への年賀状に、私は次のように書かせてもらいました。
「…どうか、厳しく育ててください。…」
厳しく育てるとは、生徒にきつい物言いをする、時には雷も辞さないと、取られがちですが、私も教育の現場に携わった者として言えるのですが、決してそれだけでは、生徒たちに本当の意味での指導は入りません。まず、教える者が自らに厳しくないと、生徒は「僕らには厳しいことを要求するのに、先生は楽してるやん!」と、その教師への評価を下します。
私の知る岡田先生は、とっても気さくで、話しやすく、温和な方です。でも、先生いわく、「昔は生徒が後からナイフが飛んでくるんちゃうかと思うぐらい怖かった言うとった。」らしいです。
そんな、殺気だった怖さは、今の岡田先生にはありません。しかし、生徒の何十倍も努力されている姿を見せられると、自然に背筋がピンと伸ばされるのです。
たとえば、「挨拶」。クライアントに対してだけでなく、生徒に対しても、本当に深々と気持ちを込めて挨拶をされます。
また、我々生徒のレベルの低い質問についても、丁寧に、その生徒のレベルに合わせて、時間をかけて説明してくださいます。
特に、整体師にとっての命である実技においても、生徒2人がモデルとなって、施術のやりあいをし、それを先生が横から見て、指導をするのですが、先生が気を抜いて、何か他の作業をしているのを見たことがありません。同じことでも何度も何度も指摘して、よりよい施術ができるようにまさしくマンツーマンで教えてくださいます。先生が気を抜いていないから、生徒は自然に気が入るのです。あっという間に、2時間の授業が終わってしまっていました。
授業等の連絡のメールもこまめにしてくださいます。
先生は、日ごろから、「1H5000円の施術料をいただこうと思うのなら、1H10000円分の施術ができないといけない。」と、おっしゃいます。それを、健康塾真愈整体学院でも実践されているのだと思います。
だから、入った間なしは、それほど怖い存在ではなかった岡田先生が、いつのまにかにだんだんと怖い存在へと、自分の中で変化してくるのです。怖いと言う言葉は適切でなく、「畏敬の念」を抱くようになるのです。